はじめまして。早稲田大学3年の岡本です。
早いもので、2024年も年の瀬ですね。皆さんは年越しは何をして過ごされる予定でしょうか??
僕は帰省先でぬくぬくと紅白でも見ようかと思っていました。が、残念ながら実家のテレビは某党の政見放送に影響を受けた父によって地上波が遮断されており、断念。しょうがないので代わりにU-NEXTでRIZINの大晦日の試合でも見ようと思います。
さて、今回与えられたテーマは「今年一番の思い出」とのことなのですが、これがなかなか甲乙つけがたい。元旦に友人たちと眺めた初日の出は忘れられないし、5月の本庄早稲田100キロハイクも眩暈がするほど楽しかったし、7月には論文コンペで受賞したり、9月にはフィジーク大会にも出場したりもしましたし、11月には韓国旅行へ行ったりもしました。
やっぱり思い返してみるとこれが一番!!というのは正直無理です。どれも最高に楽しかった。
でも、どんな出来事にも共通していることがあって、それは楽しいも辛いも喜怒哀楽にかかることはぜんぶ、自分も含めて、畢竟「人」次第だなということです。これを知れたのが今年一番の収穫かも知れません。
どんな出来事も、何をするかはもちろん、それを”どいつ”と一緒にやるかということが重要なんです。まぁ当たり前のことなんですが、大学も三年になってからこのことを再認識することがほんとうに多い。
というのも、大学生になってから人間関係が格段に”自由”になっちゃって、そして三年経った今はふたたび”不自由”になってきているからだと僕は考えています。
僕にとって、単なる自由というのは選択肢の幅が効くということなんです。高校の時は所属できるクラスも、そこで出会える人間の数も限られていた。でも、大学生はそうじゃない。所属するサークルも、付き合う相手もある程度、選ぶことができます。
もちろん、それは他人も一緒。自分も相手を選ぶし、自分も相手から選ばれている。そんな人間関係は良くも悪くも流動的にならざるをえません。誰かから押しつけられるしがらみもないし、嫌になれば逃げればいい。代わりはいくらでもいる。そして何より楽なんです。ところが、今度はそればかりだと、上っ面だけになって、どこか空虚。少しずつ辛くなってくる。
でも、三年経つとそれも変わってくる。流れのなかにも澱みが生まれてくるんです。この段になると、友人にしても恋人にしても、「もしや、この人とは一生付き合っていくかもしれない」という予感がしてくるんです。もう、清濁も好悪も、恩讐をも含んだ関係が出来上がってしまっている。良くも悪くも断ち切れない関係に入ってしまっている。これは、もはやしがらみといっていいでしょう。僕たちはちょっと不自由になっているのです。
とはいえ、僕は、この不自由は幸せなことだと思います。もちろん面倒なこともあるけれど、冒頭で述べたように、何をするかだけでなく、それを”どいつ”と一緒にやるかということが今や喜びや楽しさの源泉になっているんです。僕にとっては、旅行に行くのも、飲食を共にするのも、ただおしゃべりするのも、誰でもよいというわけではない。かけがえのない相手がいてもっと楽しく思えてくるんです。
いわずもがな、小中高の友人だって、もっといえば家族だって本来はかけがえのないものでしょう。でも、そのことは当たり前すぎて忘れてしまっていた。たぶん、彼らとのしがらみのほとんどは自分で選んだものじゃないからです。でも、大学生になってからは違った。自由も不自由も、自分で選択できるのが大学という環境です。だからこそ、自分の選択の結果に生きることができます。僕にとっては、その結果に宿命感を覚えながら生きることが(厳密に事実として自由なのかはともかく)自由をめいいっぱい感じて、自由感と幸福感が一本線で繋がるように思えるときなんです。
ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、2024年も最後にしてこんな心境になれて、ただ年末だからって浮かれていた頃よりは少し成長できたのかなと思います笑
ちょっと冗長になってきたので、今回はこの辺で……
こんな拙文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!!
それでは、良いお年を!!
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