ABOUT US

2023年設立の当団体は、某公立中学校の教育活動の支援を目的として設立された学生団体です。「学生であることの強みを活かした、従来の学校教育の枠組みを超えた教育活動を通して、生徒とメンバーが共に成長する」をビジョンとして掲げ、早大生を中心に15名(2024年12月現在)のメンバーが所属して活動しています。

VISION

学生であることの強みを活かした、従来の学校教育の枠組みを超えた教育活動を通して、生徒とメンバーが共に成長する

私たちは活動を開始するに際して、ビジョンを策定しました。「ただの学生、なんなら教職課程を履修してすらいない人が多い中、やれることはなんだろうか」「従来の学校教育の問題点はなんだろう」「どうすれば活動を継続するモチベーションをメンバーみんなが持てるだろうか」…。議論を行い、私たちの活動が目指すべき方向性を確認、共有しました。びよーんどでは、この目標に則したことであれば、基本的になんでもできます。メンバーみんなが意見を出し合い、アイデアを企画、実施することができます。まだまだ駆け出しの団体、制度設計が不十分なことも多いですが、みんなで活動していく中で団体を創り上げる実感は何にも代えがたいものです。


活動内容

学習サポート

質問対応や、自習時の見守りに加えともに授業に参加する事も

放課後補習教室

不登校児童だけでなく全生徒を対象に定期試験前の補習教室の開催

定例会議

月に1回程度所属するメンバーが集い、定例会議を行います


代表挨拶

代表の三井大輝です。ホームページをご覧いただき、ありがとうございます。

現在、日本の教育は変革期にあります。急速なグローバリゼーションに伴った、デジタル化、新たな価値観の流入……人口減少が続く日本で国際的な競争力を担保するためには、人材の育成に力を入れなければなりません。

しかし、それには大きな壁があります。市民や行政などからの理解を得ることが難しいこと、改修などの財源を確保することが難しいこと、正解が極めて不明瞭であること。

そこで、力を持つのが民間であると確信しています。民間だからこそできる、ひとりひとりの生徒の目線にあった指導やコミュニケーションを通し「学生であることの強みを活かした従来の学校教育の枠組みを超えた教育活動を通して生徒とメンバーが共に成長する」を実現するため、2023年10月「びよーんど」を立ち上げました。

皆様の多大なご理解とご協力を賜り、今後とも活動を続けてまいります。よろしくお願いいたします。

三井大輝

~プロフィール~

2003年生まれ、21歳。高校時代をカナダで過ごし、貧困家庭の中学生を支援する団体「なかの国際学院」の設立及び代表を経て、現在は早稲田大学政治経済学部政治学科に在学中。同学部にて机上で政治理論を学ぶだけでなく、大学1年より早稲田大学鵬志会に所属して国会議員インターンをしており、社会課題が実際にどのように解決されていくのかを現場でも学んでいる。同会にて、第37代渉外局長、第38代副幹事長を歴任。また、教育分野においては、小学生時代の不登校や高校中退の経験、高校時代のボランティア団体設立経験を活かし、大学2年次に都内教育活動支援のための団体「びよーんど」を立ち上げ、代表を務める。地方創生分野においては、静岡県南伊豆町にて自ら発案した関係人口増加のための政策「田舎留学プロジェクト」事務局長を務めている他、福島県大熊町、愛媛県今治市の地域住民との交流や政策立案を通し、土着的な産業やコミュニティの重要性をミクロに学んでいる。ほか、ボランティアサークル「思惟の森の会」、野球サークル「アップセッターズ」、「特定非営利活動法人JYMA日本青年遺骨収集団」、「早稲田大学キャンパスツアーガイド」、「WASEDA STUDENT AMBASSADOR」など、さまざまなコミュニティに所属し、活動している。(2024.10現在)

~メディア出演~

朝日新聞出版「AERA」、セミナー「無料塾に、今できること」、中野区社会福祉協議会「そよかぜ」、INTERFM「CLUBCEO」、稲門祭2024特別企画「早稲田 DE 教育 早稲田 DE 環境 -現役学生と一緒に日本の未来を考えよう-」、ほか多数

BLOG

ようやく暖かくなり始めて、桜が咲く季節になりましたね!🌸

私花とか大好きで、見るだけで幸せにしてくれるからすごいなって思うんですよね〜

この季節の花って言えば皆さんの頭に真っ先に浮かぶのは桜だと思うんですけど、私的には桜よりも菜の花の香りがした時に一番春を感じます(^_^)

菜の花の香りって少し独特で人によっては嫌いかもしれないんですけど私はあの香りを嗅ぐと、あぁ春だなって感じると同時に地元の風景が思い浮かびます😄

私の実家は茶畑に囲まれていて、小学校までの一本道は春になると菜の花で真っ黄色に染まります。よく下校中に花を摘んで帰っていたのを思い出します。

ということで今回のブログでは鹿児島出身の吉村が上京してから感じたことを書きたいと思います!!

ちょうど3年前の今日、早稲田への進学が決まり、今住んでいる東京の家に入居したのを覚えています。ワクワクと同時になんだか実感が湧かなくて、地に足がついていない感覚でした。

それからあっという間に時間は過ぎてもう4年生になりますが、今でもやっぱり東京はすごいなと思います笑

なんといってもチャンスに溢れていることが最大の魅力だなと私は3年住んで思いました。何かやりたいことが思い浮かんだ時、それに挑戦できる環境が圧倒的に整っていると感じています。それをモノにできるかは自分次第ではありますが、、、

もちろん実家に戻りたくなることもありますが、20代という若い内にこのチャンスと多様性で溢れた街で色んな経験を積む選択をしてよかったと心から思っています。

これから上京してくる新一年生や新社会人の方々、今まで出会ったこともないようなタイプの人にたくさん出会ったり、見たことのない知らない世界を覗くことになったり、ときにはキャパオーバーになることもあるかもしれません。でもそんな瞬間も、自分の中で何かしらの新しい知見は増えていき、人間としての深みが増すと私は信じているのでお互い頑張りましょう😌

なんかメッセージみたいなことを書いてしまいましたが、ここら辺で終わりにしようと思います。

今年で4年目になる東京生活!様々な機会に感謝しながら日々頑張るぞ〜!!



代表の三井です。春はさみしい季節です。

教育に携わり、25年度でなんと8年目を迎えることになりました。7回卒業生を送り出しています。毎年この季節になると「あの代が卒業して◯年かあ」と、思い出します。教育、しかも団体の代表というのは大変なことが7割だし、所詮はボランティアでいつでも辞められる環境下ではありますが、それでも続けるのは、生徒の成長に大きなやりがいを感じるからです。

私たちが活動場所とする某中学校では、卒業式「第二部」が行われました。通常の「第一部」には出席することができない、投稿のハードルが高い子どもたちのための小さな式です。体育館ではなく、小さな教室で、来賓も仲間もなく、教職員と保護者と数人の生徒のみで行われました。正直、素人目に見てもいくつかの問題を感じる学校ですが、こうした素敵な式を開催することができるという点において、素晴らしいと感じます。

ある生徒のお母さんは「先生(私)のおかげでこの子は学校へ通えました」と。ある別の生徒は、普段は寡黙で自分から喋りかけてくれるなんてことはないのですが、式典後に私を探し出してきたようで「先生(私)、ありがとうございました。高校でもがんばります」と。正直、私は彼らのテストの成績が上がるよりも、こういう言葉から彼らの人間的な成長を感じ、やりがいを感じるのです。この学校でははじめての卒業式出席でしたが、ここでやってきてよかったと思える日でした。

さて、彼らはこれから高校、大学と進学したり、社会に出て就労したりと、義務教育である中学までとはまったく異なる環境下に進むことになります。彼らの人生に対し、先生も保護者も私も誰も責任をとることができない状況へと変化します。レールのない道を自らの力で進まねばいけません。もしかしたら彼らには身体的、精神的にハンディキャップがあったり、バックグラウンドにコンプレックスがあったり、学力に不安があったり、レールのない道を進むには自信がないかもしれません。

それはかつての私も同じでした。不登校や高校中退を経験して、レールがあったときでさえ大変だったのにこれからどう生きていけばいいのか、と。

しかし、これからは学校という場所以外、もっと大きな世界に飛び出し、仲間を得ることができます。歳を重ねれば、仕事ができるようになったり、ひとりで行動できるようになったりします。その中でいろんな人と出会うとき、もし彼らが優しい人であれば、優しい仲間ができるはずです。このことを「類は友を呼ぶ」といいます。友はさらなる出会いや気づきをくれたり、困ったときに助けてくれたりします。

だから、テストの成績とか経済力とかじゃなく、仲間を大切にできる人になってほしいと思います。きっとそれはどんなハンディキャップやコンプレックスも打ち消すような、何にも代え難い大きな力になるはずです。

卒業おめでとう。みんな元気で、また会いましょう。

卒業って、いろんな感情が入り混じるものだと思う。ずっと一緒にいた仲間と離れるのは寂しいけど、それが新たな出会いの始まりだったりもする。

でも、卒業の意味って、それだけじゃない。時間が経てば、自然と会わなくなる人がいる。

それは寂しいことなのか? それとも、お互いがそれぞれの道を進んでいる証拠なのか?

で、そんなことを考えてたわけじゃないんだけど、先日、久しぶりにこの団体のミーティングに出た。

いや、正直いうと、いつもの調子乗った発言をかましまくってしまったんですが。電話で話すのも久々だったんだけど、やっぱり自分を知ってくれてる人がいるっていいなと思った。

というわけで今回のテーマは少し冒頭で触れました「卒業」です。


僕は基本的に卒業したら次の場所へ進むタイプだ。ミニバス、中学バスケ、高校バスケ、サークル、どれも終わったらあまり振り返らない。

もちろん、たまに顔を出すことはある。でも、そこに「居続ける」ことはしない。居心地がよくなりすぎるのが怖いから。

人は、自分を肯定してくれる場所にいたくなるし、過去の実績がある場所では楽に生きられる。

でも、僕はそういう環境で成長したことが一度もない。だからこそ、新しい場所へ進む。それが自分のスタンス。でも、だからといって、それが正しいとも思っていない。

バスケを始めたのは、小3のときだった。最初の頃はとにかく必死だった。それでも、気づいたら周りよりも早く試合に出るようになっていた。4年生や5年生を飛び越えて試合に出たことで、当然、周りからはいろいろ言われた。

「なんで3年生が出てるんだ」「アイツは調子に乗ってる」。ちょっとミスすればコーチにブチ切れられ、上級生の親たちからも陰で文句を言われた。スポーツの世界に、子どもながらに人間社会の縮図を見た。

それでも、やめなかった。バスケはチームスポーツ。チームが勝つために何をすべきか、それだけを考えてプレーしていた。

僕は‘マルチプレーヤー’だった。

でも、それは単にいろんなポジションをこなせるという意味じゃない。

俺のプレーには「人を巻き込む力」があった。チームの流れを作る、仲間を活かす、試合を勝たせる。それが自分のスタイルだった。

中学に上がると、環境はガラッと変わった。中1で2年生を追い越して試合に出ても、誰も何も言わなかった。小学生の頃に経験したすべてが、ここで生きた。


高校でもバスケは続けた。

キャプテンとしてチームを引っ張って、試合に勝つために全力を尽くした。最後まで挑戦し続けたし、「居心地がよくなりすぎた」わけでもなかった。ただ、「やりきった」という感覚があったからこそ、自然と一区切りをつけることができた。

最近、インスタでミニバスのチームの投稿を見つけた。もう10年近く前に卒団したチームが、まだ続いてる。後輩たちが頑張ってる姿を見て、素直に嬉しかった。

でも同時に、「自分がまたそこに顔を出すこと」に対して、どこか曖昧な気持ちがあった。懐かしさもあるし、何か還元したい気持ちもある。でも、そこに戻ったとき、自分が「居心地のいい場所」に甘えてしまうんじゃないか、そんな不安もある。

それと、友達の話。小3のときにたまたまバスケに誘った親友がいる。

それまで運動なんてほとんどしてこなかったのに、僕の誘いに乗ってくれて、そこからバスケを始めた。

でも、高校に入る頃にはバスケを辞め、陸上に専念した。今は箱根を目指して走り続けてる。

そして留学することになったとき、彼はわざわざ練習の後に空港まで見送りに来てくれた。疲れているはずなのに、何も言わずに駆けつけてくれたあの姿を見たとき、心が震えた。

一緒に戦った時間も、これから違う道を進むことも、全部含めて「お互い頑張ろうな」っていうメッセージだったんだと思う。

卒業した後、会わなくなる人がいるのは当然のことだと思う。

進む道が違えば、環境が変わるのも当たり前で、それぞれの人生がある。

わざわざ関係を戻すべきなのか? それとも、そのまま自然に進むべきなのか?

考え方は人それぞれだけど、僕は会わなくなること自体が、ある意味で正しい未来なのかもしれないと思っている。

同じ環境に浸ることが必ずしも悪いわけじゃない。バスケに限らず、卒業した団体に戻ること自体が意味のある場合もある。その良さもわかる十二分に。でも、僕はどこかで「そこに居続けること」に疑問を感じるタイプだった。

どんな環境でも、自分が知っている人がいれば、それなりに評価されたり、実績が語られたりする。特に卒業した団体に戻ると、過去の功績や実績が自然とついてくる。

「橋本さん」「すごかった人」「悠也先輩」「橋本先輩」って人がよってきて、あたかも実際よりすごかったかのように見られることが増える。

それに慣れてしまうと、人は成長を止める。

過去の自分を維持することにフォーカスし始めてしまう。それが、僕には耐えられない。

そんなことを考えながら、残りの留学生活を走り抜こうと思う。

で、最後の方は全然まとまりのない話で、ボンボン思いついたことを書いたし、そもそもブログを書くのを忘れていたってこともあって、ちょっと出来が心配なんですけど……まあ、こんな感じで書けました。

大変迷惑をかけてしまい、最近恐縮しすぎていて、それそれ見えなくなりそうですが(そもそも留学しているので見えないところにいるんですが、はい)、気合いで頑張ります😊😊

以上、橋本悠也でした。次の投稿も楽しみだなー。それではまた。

みなさん、お久しぶりです!菱沼です。

今月のテーマは「卒業」ということで別れと出会いの季節ですね🌸

毎年、卒業式シーズンになると「虹」(作詞作曲:森山直太朗)という曲を思い出します🌈


" 僕らの出会いを 誰かが別れと呼んだ

雨上がりの坂道

僕らの別れを 誰かが出会いと呼んだ

時は過ぎいつか 

知らない街で 君のことを想っている" 


というサビを聞いた当時の私は、空にかかる「虹」があっという間に消えてしまうように青春時代も同じように一瞬である事を感じました。

先日、活動場所である某都立中学校の卒業式に参加してきました。会場の体育館は、緊張と希望が入り混じる、なんだか独特の空気に包まれていました。卒業証書を受け取る生徒の誇らしい姿やそれを見守る先生方の温かい眼差しを間近で感じる事ができた、本当に貴重な機会だったと思います。私自身も多感な時期に経験した卒業式を思い出し、胸が熱くなる思いでした。特に「大地讃頌」の卒業生たちの力強い歌声には思わず目頭が熱くなりました。

卒業式に参加して改めて感じたのは、「旅立ち」の持つ力強さです。新しい環境に向かう卒業生たちのエネルギーはまぶしく、私自身も初心を思い出しました。このような場面に立ち会えたことは、実際の教育現場で生徒と関わることができるこの活動ならではの経験だったと思います。日々中学生が成長する姿や羽ばたいていく姿を見ながら、私も新たな気持ちで今後の活動に取り組みたいと思います。

みなさん、お久しぶりです!楓です。


今回のテーマは「卒業」。学生ならではの話題ですね!


……とは言いつつ、正直、これといった卒業エピソードが思い浮かばなくて(笑)でも、ずっと感じていたことがひとつあります。


自分の卒業式より、仲の良い先輩の卒業式のほうが寂しくないですか?

私だけだったらすみません(笑)


小学校の記憶は曖昧ですが、中学・高校では仲の良い先輩が卒業してしまうとき、めちゃくちゃ寂しくて「行かないで〜!😭」と泣いていたのを覚えています。卒業って本来お祝いの場なのに、どこか寂しさがつきまとうのが不思議ですよね。今思えば、先輩との別れだけじゃなく、「次は自分が最高学年で受験が待っている…!」みたいな不安もあったのかもしれません(笑)


でも不思議なことに、自分の卒業式ではそこまで泣いた記憶がないんです。高校を卒業したら地元を出て、新しい世界に飛び込みたい気持ちが強かったからかもしれません。これからどんな人と出会って、どんな景色が見られるんだろう?そんなワクワクのほうが勝っていました。

……その後、上京して一人暮らしを始めたら、しっかりホームシックで泣いたんですけどね(笑)


卒業って、終わりでもあり、始まりでもある。ベタですが、本当にその通りだなと思います。


そして気づけば、私の大学卒業も来年に迫っています。でも、まったく実感がない(笑)自分のことなのにどこか他人事のような感覚です。あの頃と同じように、新しい未来にワクワクする気持ちもありますが、1年後の自分が全然想像できなくて……。でも、それもまた楽しみのひとつなのかもしれません。これからの自分にちょっと期待してみようと思います。


みなさんにとっての「卒業」はどんなものでしたか?

新メンバーの石黒です。どうぞよろしくお願いします。

ブログ投稿にあたって「いま頑張っていること」というお題をもらいました。私が最近頑張っているのは、料理です。

大学入学を機に一人暮らしを始めて早くも2年が経とうとしています。ずっと自炊をしていて料理が苦手というわけではありませんが、とにかく手際が悪いのが悩みです。今度の帰省では長めに滞在することになるので、「その間料理を担当して」と家族に言われました。家族の分も、となると私の気分で外食するわけにもいかず、栄養面にも気を遣わないといけません(一人暮らしだと品数が少なくなりがち)。家族にはおいしいものを食べてほしいので、今からレシピを保存したり気になったものを試しに作って練習したりしています。実家にいる間いつも美味しくて栄養のあるものを用意してくれていた家族に改めて感謝する日々です。

春になれば私と同じように一人暮らしを始める大学生がたくさんいることでしょう。びよーんどの新歓で新入生とお話しできる日が待ち遠しいです。

ご覧いただきありがとうございました!

はじめまして。早稲田大学1年の長谷川京香です!

今回、初めてブログを書きます。

テーマは「新年の抱負」。

…といっても、もう2月も半ばですね。笑

あっという間に過ぎたこの二ヶ月で、私の生活に大きな変化がありました。

その中で、これまで気づけなかったこと、大切にすべきことが見えてきた気がします。

そこで、2025年の抱負を「当たり前」を「感謝」に変えることとし、ここに残したいと思います。

病気をきっかけに考えたこと

少し個人的な話になりますが、私は最近、ある病気の診断を受けました。

病名は伏せますが、日本で「指定難病」とされている自己免疫疾患のひとつです。

幸い、今のところ症状は軽く、日常生活に大きな影響はありません。

とはいえ、完治が難しく、これからはこの病気と向き合いながら過ごしていくことになります。

診断を受けたときは、正直、実感が湧きませんでした。

「まさか、自分が?」と驚きつつ、どこか他人事のようで、思わず笑ってしまったほどです。

私はこれまで病気とは無縁でした。インフルエンザにだって一度もかかったことがありません。

誤診かもしれないと思い、日本でも指折りの専門医にも診てもらいましたが、診断は変わりませんでした。

それからの数週間は、気持ちの整理がつかないまま過ごしていました。

「やりたいことができなくなるかもしれない」という不安や苛立ちを、つい家族にぶつけてしまうことも。

でも、ふと立ち止まったときに気づいたんです。

私は『3つの感謝』を忘れていた、ということに。

① 家族への感謝

私は本当に恵まれています。

・信頼できる病院を探して、診察に付き添ってくれる母

・食事制限に合わせて、避けるべき食材や代替食品を徹底的に調べてくれる姉

・落ち込まないよう、さりげなく笑わせてくれる父

・同じ病気を持ち、経験を共有してくれる叔母

・毎日気にかけて電話をくれる祖母

これまで、家族がそばにいることが「当たり前」だと思っていました。

忙しさや気恥ずかしさを理由に、素直に「ありがとう」と言えていなかったこともあります。

でも、本当はもっと伝えたかった。

「ありがとう」と。

これからは、ちゃんと言葉にしようと思います。

支えてくれる人たちの存在を当然と思わず、その温かさにきちんと応えられる自分でいたいと思います。

② 自分の体への感謝

私はこれまで、いろんな場所に行き、たくさんの経験をしてきました。

美しい景色を見て、音楽を聴いて、美味しいものを食べて、大切な人たちと笑い合う。

でも、それができたのは、健康な体があったからこそ。

そう気づいたとき、胸が詰まりました。

私は体の声をちゃんと聞かず、無理を重ねてきたのではないか。

睡眠不足や食生活の乱れを軽視し、

「自分は元気だから大丈夫」と過信し、

体を酷使してしまっていたのではないか。

今回、初めて自分の体に「ありがとう」と言いました。

気づいたら、涙がこぼれていました。

「健康でいることは、当たり前じゃない。」

頭ではわかっていたつもりでも、本当の意味では理解できていなかったのかもしれません。

毎日、好きなものを食べられる。

好きな場所へ行ける。

好きな景色を見られる。

そんな生活が、どれだけありがたいことなのか。

これからは、もっと自分の体を大切にしていきたいと思います。

③ 自分をつくる食べ物への感謝

「食べることは、生きること。」

そう思ってはいたけれど、私はこれまで、何となく食事を済ませることが多かったように思います。

スマホを見ながら食べたり、適当に済ませたり。

でも、病気になって食事を見直すようになり、改めて気づきました。

この一皿は、たくさんの人のおかげで自分のもとに届いている。

食材を育てた人、運んでくれた人、料理を作ってくれた人。

そのすべてのおかげで、私は今日も食事ができる。

「いただきます」という言葉の意味を、今まで以上に深く感じるようになりました。

これからは、もっと丁寧に、感謝を込めて食べていきたいと思います。

新年の抱負「当たり前」を「感謝」に変える

この二ヶ月で、私は改めて気づきました。

・家族がそばにいてくれること

・体が元気でいてくれること

・美味しく食事ができること

これまで「当たり前」だったことが、どれほど貴重なものだったのか。

だから、2025年の抱負は「当たり前」を「感謝」に変えること。

何気ない日常の中にある、小さな幸せに気づける自分でいたい。

与えられるものを当然と思わず、感謝しながら生きていきたい。

そんな一年にしていきます。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

なんだかしんみりしてしまいましたが、私はとても元気ですし、大好きな卵焼きもモリモリ食べているのでご安心を。🍚✨

それではまた、お会いしましょう!

謹んで新年のお慶びを申し上げます。びよーんど代表、三井大輝です。

メンバーには「ブログ書いてね!」とお願いしておきながら、私ははじめての投稿です。テーマは新年の抱負。もう正月じゃないだろ、と言われるかもしれませんが、正月はつまり旧暦睦月のこと、まだたった1週間弱しか過ぎていません。これはアウトよりのセーフ、ですよね。

私は年齢でいうと1浪の代で、25年度は23歳になります。大学には「まだお酒飲めないんだよね」「車の免許やっと取れた」という若々しい声が溢れており、そろそろ大学を出て働けという後輩や社会からの圧を感じますが、図々しくまだ当分大学でお世話になる予定です。

今年は9月末まで休学、10月から大学に復帰します。ということで今年のほとんどはつまり休みなわけです。人生で二度とないであろう、ここまで長い夏休み。とはいえ、ゼミにも出席しているし、最近は日本各地へ赴いて地方創生や政治を勉強したり、びよーんどの活動もより一層力をいれて取り組んでいます。

それは単なる惰性、モラトリアムの延長ではなく、私にとっては挑戦でもあります。今まで有難いことにいろいろな人や地域と出会い、その中でかけがえのない経験をさせていただきました。教育を軸に、政治、地方創生、国際協力、と分野を横断して活動しています。こうして多分野を見させていただいた私が社会に恩返ししていく道は、諸分野を統合することによってこそできる高みを目指すことなのだろうと思っています。今年はインプットだけでなく、アウトプットにも焦点を置いて、残り2年の学生生活の中でなにかひとつかたちを作りたいと思っています。それはやはり今まで学生生活をかけて取り組んできたびよーんどの枠組みの中で実現していきたい。こうして次のステップへ明確に移行していきます。

休学は、就活に悪影響だとか、同輩がどんどんと卒業していって寂しい想いをするだとか、いろいろ面倒なこともあります。また、いろんな分野に手を出すことによって当然忙しくなり、いまはプライベートと活動や仕事の境目が無くなっています。旅行中も飲み会中も片時も解放されることはなく、何時でもかかってくる電話やメールに怯えながら(?)常在戦場の構えで過ごしています。しかし、こうした不安やストレスを多少なり抱えながらも、今は人生で一番やりがいを感じ、楽しく過ごせています。

不安やストレスを抱えながらも楽しく生きることができているのは過去に理由があります。私自身、現在まで不登校や高校中退を経験したり、団体を作ってはぶっ潰したり、ほとんどの同輩が経験したことの無いであろう多くの困難を経験しました。今までの困難以上のことはびよーんどではきっと起こらないし、仮に多少の困難があってもなんとかなるだろう、という根拠の全く無い自信は私の挑戦を後押ししているのです。加えて、生徒と接する中で成長を感じたり感謝してくれることが、大きなモチベーションになっていることは言うまでもありません。

そんな私と沢山の仲間がつくりあげてきた、他に類を見ないびよーんどの活動は、優秀な我が広報チームがみなさんに情報をお伝えしているのでここではあまりお話ししません。ぜひみなさんはそちらをご覧いただければと思います。

本年もメンバーと一緒に、必死にもがいて、ビジョンである「従来の教育に学生であることの強みを掛け合わせて生徒とメンバーがともに成長する」を実現します。引き続きよろしくお願いいたします。

みなさま、はじめまして!早稲田大学3年の安達奈生です。(もうすぐ4女…)

最初なので自己紹介したいと思います。

熊本出身🧸で、好きな食べ物は熊本のスコーンです。

Tomi's Shortbread Houseというお店のスコーンが本当に美味しいので、みなさま是非食べてみてください!(なんで初っ端に好きな食べ物紹介しているんだろう)

お笑いが大大大好きで、びよーんど以外にも大学生お笑いの取材をするKO(WARAというサークルに入っています!私が取材した記事ばかりなので、覗いてみてください!

びよーんどには楓の紹介で子供たちと関わるのが好きだからという理由で入りました!

2025年もよろしくお願いいたします!


 

ついでに大学4年生の年ということなので、時間が余りまくっている私はやりたい100のことをノート二書いているのですが、24個しか書いていない上に、もう2月になってしまいました💦

やったほうがいいんじゃない?とか募集しているので、なんか意見下さい!

びよーんどと全く関係ない話しかしていないのですが、これくらいで終わりにしたいと思います!ご購読ありがとうございました😌

皆様、あけましておめでとうございます。

駒澤大学2年の長尾一花です。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

今回のブログでは、新しく新年を迎えたので私の今年の抱負についてお話させていただきます!


 昨年はびよーんどの活動に参加させていただいた年でもあり、新しいことに積極的にチャレンジすることを意識していました。そのため新しい出会いや経験がたくさんあり、自分のコミュニティーが広がったのを感じます。今年も周囲とのコミュニケーションを大切にし、一歩ずつでも成長を実感できるようにしたいです。2025年を通して、自己成長とともに人との関係を深めることで、より豊かな経験を得ていきたいです。

 新しい挑戦に満ちた一年にしていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします!最後になりますが、皆様にとっても素晴らしい一年になることを心より願っています。

はじめまして。早稲田大学3年の岡本です。

早いもので、2024年も年の瀬ですね。皆さんは年越しは何をして過ごされる予定でしょうか??

僕は帰省先でぬくぬくと紅白でも見ようかと思っていました。が、残念ながら実家のテレビは某党の政見放送に影響を受けた父によって地上波が遮断されており、断念。しょうがないので代わりにU-NEXTでRIZINの大晦日の試合でも見ようと思います。

さて、今回与えられたテーマは「今年一番の思い出」とのことなのですが、これがなかなか甲乙つけがたい。元旦に友人たちと眺めた初日の出は忘れられないし、5月の本庄早稲田100キロハイクも眩暈がするほど楽しかったし、7月には論文コンペで受賞したり、9月にはフィジーク大会にも出場したりもしましたし、11月には韓国旅行へ行ったりもしました。

やっぱり思い返してみるとこれが一番!!というのは正直無理です。どれも最高に楽しかった。

でも、どんな出来事にも共通していることがあって、それは楽しいも辛いも喜怒哀楽にかかることはぜんぶ、自分も含めて、畢竟「人」次第だなということです。これを知れたのが今年一番の収穫かも知れません。

どんな出来事も、何をするかはもちろん、それを”どいつ”と一緒にやるかということが重要なんです。まぁ当たり前のことなんですが、大学も三年になってからこのことを再認識することがほんとうに多い。

というのも、大学生になってから人間関係が格段に”自由”になっちゃって、そして三年経った今はふたたび”不自由”になってきているからだと僕は考えています。

僕にとって、単なる自由というのは選択肢の幅が効くということなんです。高校の時は所属できるクラスも、そこで出会える人間の数も限られていた。でも、大学生はそうじゃない。所属するサークルも、付き合う相手もある程度、選ぶことができます。

もちろん、それは他人も一緒。自分も相手を選ぶし、自分も相手から選ばれている。そんな人間関係は良くも悪くも流動的にならざるをえません。誰かから押しつけられるしがらみもないし、嫌になれば逃げればいい。代わりはいくらでもいる。そして何より楽なんです。ところが、今度はそればかりだと、上っ面だけになって、どこか空虚。少しずつ辛くなってくる。

でも、三年経つとそれも変わってくる。流れのなかにも澱みが生まれてくるんです。この段になると、友人にしても恋人にしても、「もしや、この人とは一生付き合っていくかもしれない」という予感がしてくるんです。もう、清濁も好悪も、恩讐をも含んだ関係が出来上がってしまっている。良くも悪くも断ち切れない関係に入ってしまっている。これは、もはやしがらみといっていいでしょう。僕たちはちょっと不自由になっているのです。

とはいえ、僕は、この不自由は幸せなことだと思います。もちろん面倒なこともあるけれど、冒頭で述べたように、何をするかだけでなく、それを”どいつ”と一緒にやるかということが今や喜びや楽しさの源泉になっているんです。僕にとっては、旅行に行くのも、飲食を共にするのも、ただおしゃべりするのも、誰でもよいというわけではない。かけがえのない相手がいてもっと楽しく思えてくるんです。

いわずもがな、小中高の友人だって、もっといえば家族だって本来はかけがえのないものでしょう。でも、そのことは当たり前すぎて忘れてしまっていた。たぶん、彼らとのしがらみのほとんどは自分で選んだものじゃないからです。でも、大学生になってからは違った。自由も不自由も、自分で選択できるのが大学という環境です。だからこそ、自分の選択の結果に生きることができます。僕にとっては、その結果に宿命感を覚えながら生きることが(厳密に事実として自由なのかはともかく)自由をめいいっぱい感じて、自由感と幸福感が一本線で繋がるように思えるときなんです。

ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、2024年も最後にしてこんな心境になれて、ただ年末だからって浮かれていた頃よりは少し成長できたのかなと思います笑

ちょっと冗長になってきたので、今回はこの辺で……

こんな拙文を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!!

それでは、良いお年を!!

こんにちは!早稲田大学3年の菱沼咲希です。

「今年一番の思い出」というテーマで振り返ると、実は一つに絞るのが難しいほど、今年はさまざまな経験を重ねた1年でした。それでも、振り返ってみると「自分と向き合った1年」だった、という言葉が一番しっくりきます。大学3年生として就職活動を始める中で、これまでの人生を深く振り返る機会が増え、自分の価値観や行動原理について改めて考える時間を持てたからです。

自己分析を通じて、私は幼少期におけるボーイスカウトとチームスポーツでの経験、そして大学でのサークル活動や学生団体の立ち上げといった一連の経験に共通する「なぜ?」を突き詰めました。その結果、見えてきたのは、「誰かのために動くことが、自分の価値観の核になっている」ということでした。カッコつけて言うようで恥ずかしいですが続けます・・

私がその価値観に初めて気づいたのは、幼少期から参加していたボーイスカウトの活動を振り返ったときでした。ボーイスカウトでは、自然の中でのキャンプや冒険を通じて、さまざまな実践的なスキルを学びました。テントの設営や火起こし、料理といった課題は、一人では到底成し遂げられないですが、それを班の仲間と協力しながら解決し、成功したときには大きな達成感を感じました。また、多くのボランティア活動はボーイスカウトのモットーである「奉仕の精神」を体現する場で、自分が動くことで誰かの役に立てると感じた瞬間が多くありました。この経験を通じて、「誰かのために自分が動くこと」の価値を自然と学びました。この助け合いの精神は、私の行動や選択の基盤となっています。

この価値観は大学での活動にも強く表れていると思っています。特にコロナ禍で修学旅行に行けなかった学生のために立ち上げた「もう一度修学旅行をしよう」というコンセプトの学生団体では、強く意識しました。友人たちがコロナ禍の制約に悔しい思いをしたのを聞き、「自分たちで新しい思い出を作ればいい」と思ったのがきっかけでした。そうして実現した活動の中で、多くの笑顔や感謝の言葉をもらえたことは、今でも大切な思い出です。

また、私が関わらせていただいている、この学生団体びよーんどでの学習支援活動も、この価値観に基づいています。不登校の中学生を対象にした活動では、私たちのサポートが本当に役立っているのか、「誰かのために」がある種のエゴになっていないか不安になることもありました。しかし、彼らと向き合う中で、徐々に心を開いてくれるようになったと感じる瞬間が多くなったと思います。こうした瞬間に、自分の価値観が彼らに伝わり、小さな変化をもたらせたと実感することができました。

今年の多くの経験と自己分析を通じて、「誰かのために動く」という価値観が、私のこれまでの行動の背景にあることを改めて認識しました。そして、その原点は幼少期のボーイスカウトやチームスポーツでの経験から始まっていることも分かりました。これからもこの価値観を大切にできたらいいなと思います。

「自分と向き合った1年」だった今年は、間違いなく私の人生において重要であったと思っています!そして、これから先もエゴではない「誰かのために」という気持ちを胸に大学での活動を続けていきたいと思います!大切なことに気づけた1年、本当に充実した1年でした!